退去精算書の作り方|管理会社のための計算テンプレート
「精算書、どう作ればいいんだろう」「この費用を入居者に請求していいのか自信がない」——退去が発生するたびに、担当者の頭を悩ませる問いです。国民生活センターには原状回復・敷金をめぐる相談が年間3万件以上寄せられており、その多くは精算書の不備や説明不足が原因です。
退去精算書の本質はシンプルです。「借主が負担すべき原状回復費用を算出し、敷金から差し引いて残額を返還する」——この計算を、工種別の内訳・減価償却の根拠とともに書面にまとめるだけです。
この記事では、精算書の法的根拠から作成手順、計算式・テンプレート、よくある項目別の金額目安、入居者への説明法まで一通り解説します。退去精算の現場ですぐ使えるフローとして組み立てていますので、担当者の手元に置いておいてください。
退去精算書とは何か、なぜ必要か?
精算書の法的な位置づけ
退去精算書は、貸主(オーナー)と借主の間で退去時の費用負担を確定させる書面です。法律上の義務として作成が定められているわけではありませんが、2020年4月施行の改正民法622条の2により、敷金の返還は「賃貸借に基づいて生じた借主の金銭債務の額を差し引いた残額」を支払うと規定されています。
この「差し引く根拠」を書面で明示するのが精算書の役割です。書面がなければ、借主から「なぜ敷金が減額されるのか」と異議が申し立てられた場合に、管理会社は説明責任を果たせません。
国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」でも、精算内容の明示を推奨しています。精算書には「工種・数量・単価・経年劣化の考慮」を明記することが、トラブル防止の第一歩とされています。
精算書がない場合のリスク
「口頭で説明して終わり」「一式〇万円の請求書だけ送った」という対応では、3つのリスクが発生します。
- 入居者からの異議: 「何に請求されているのか分からない」という苦情が来る。内容証明・消費生活センターへの申告につながるケースもある
- オーナーへの説明責任: 原状回復費用の根拠を問われたとき、工種別の内訳がないと説明できない
- 後日の紛争リスク: 請求額の根拠が不明確な精算書は、裁判や調停で不利になる
精算書を「義務だから」ではなく「入居者・オーナー双方への誠意ある説明書」として作成することが、管理会社の信頼を守ります。
精算書に記載する5つの項目
精算書の構成要素
退去精算書には、最低限以下の5項目を記載します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 損耗箇所 | どこが損傷しているか(部屋・箇所名) |
| 損耗内容 | 傷・汚れ・破損の種別 |
| 費用区分 | 借主負担か貸主負担か、その根拠 |
| 修繕費用内訳 | 工種・数量・単価・金額 |
| 借主負担額 | 減価償却を適用した後の借主負担額 |
最後に「支払った敷金 − 借主負担額 = 返還額(または追加請求額)」を計算して、精算の結論を明示します。
費用区分の考え方
国交省ガイドラインの原則は「経年劣化・通常損耗は貸主負担、借主の故意・過失による損耗は借主負担」です。
- 貸主負担の例: クロスの日焼け変色、画鋲の小穴、家具設置跡のへこみ、経年によるシーリング劣化
- 借主負担の例: タバコのヤニ汚れ、ペットのひっかき傷、結露放置によるカビ拡大、壁への釘穴(下地ボード損傷レベル)
費用区分は根拠をセットで書きます。「タバコのヤニによるクロス変色(通常使用を超える損耗のため借主負担)」のように記載することで、入居者への説明がスムーズになります。通常損耗・経年劣化の具体例と判断基準も参考にしてください。
減価償却の記載が必須な理由
借主負担であっても、設備の経年劣化分を差し引くのがガイドラインの原則です。クロス(壁紙)やCF(クッションフロア)の耐用年数は6年で、6年を超えると残存価値は1円になります。
この計算を精算書に明記しないまま「クロス張替え費用 8万円、全額借主負担」と請求すると、入居者から「おかしい」と指摘されるリスクが高まります。入居年数と耐用年数から残存価値を算出し、借主負担額を明記することが、透明性ある精算書の条件です。経年劣化の計算式と設備別の耐用年数は、原状回復の経年劣化とは?借主負担・貸主負担の線引きをガイドラインで解説に一覧表を掲載しています。
借主負担額の計算方法とテンプレート
基本の計算式
借主負担額 = 修繕費用 ×(耐用年数 − 経過年数)/ 耐用年数
経過年数が耐用年数を超えた場合は、残存価値を1円として扱います。
計算例1:タバコのヤニによるクロス張替え(入居3年)
- クロス張替え費用: 100,000円(25m² × 4,000円/m²)
- 耐用年数: 6年 / 経過年数: 3年
- 借主負担額: 100,000円 ×(6 − 3)/ 6 = 50,000円
- 貸主負担額: 50,000円
計算例2:ペットのひっかき傷によるCF張替え(入居5年)
- CF(クッションフロア)張替え費用: 48,000円(8m² × 6,000円/m²)
- 耐用年数: 6年 / 経過年数: 5年
- 借主負担額: 48,000円 ×(6 − 5)/ 6 = 8,000円
- 貸主負担額: 40,000円
計算例3:結露放置によるクロスのカビ(入居7年)
- クロス張替え費用: 60,000円
- 耐用年数: 6年 / 経過年数: 7年(耐用年数超過)
- 借主負担額: 1円(残存価値の最低額)
精算書テンプレート(記載例)
以下は実務で使用できる精算書の記載例です。
【退去精算書】
物件名: 〇〇マンション 101号室
入居期間: 20XX年XX月 〜 20XX年XX月(入居年数: X年)
退去立会い日: 20XX年XX月XX日
■ 損耗箇所・修繕費用内訳
No.1 居室(洋室6畳) クロス張替え
損耗内容: タバコのヤニによる変色(通常使用を超える損耗)
費用区分: 借主負担
修繕費用: 4,000円/m² × 15m² = 60,000円
耐用年数6年 / 経過年数3年 → 残存割合 50%
借主負担額: 60,000円 × 50% = 30,000円
貸主負担額: 30,000円
No.2 キッチン CF(クッションフロア)張替え
損耗内容: 経年劣化による色あせ(通常損耗)
費用区分: 貸主負担
修繕費用: 6,000円/m² × 4m² = 24,000円
借主負担額: 0円
貸主負担額: 24,000円
No.3 ハウスクリーニング(クリーニング特約による)
費用区分: 借主負担(契約書 第〇条 特約による)
修繕費用: 35,000円(1LDK相当)
借主負担額: 35,000円
■ 精算まとめ
修繕費用合計(全体): 119,000円
借主負担額合計: 65,000円
貸主負担額合計: 54,000円
預かり敷金: 80,000円
借主負担額: △ 65,000円
敷金返還額: 15,000円
このように、損耗箇所ごとに費用区分と計算根拠を明示することで、入居者からの疑問や異議を大幅に減らせます。
間取り別の精算費用の目安
関東一都三県の実績相場
退去精算で発生する原状回復費用(借主負担分)は、間取り・居住年数・損耗度によって変わります。以下はLinKが関東一都三県で手がけた案件をもとにした目安です。
| 間取り | 借主負担分の目安 | 主な費用項目 |
|---|---|---|
| 1K・1R | 3〜8万円 | クロス一部張替え、クリーニング費用 |
| 1LDK | 5〜15万円 | クロス・CF張替え、水回りクリーニング |
| 2LDK | 8〜25万円 | 全室クロス・CF、水回り、建具補修 |
| 3LDK | 15〜40万円 | 全室クロス・床、設備補修、ハウスクリーニング |
この金額幅は「居住年数が浅い・損耗が多い」ほど上限側に、「居住年数が長い・損耗が少ない」ほど下限側に収まる傾向があります。
タバコ・ペットで費用が膨らむケース
通常の退去に比べ、タバコやペットによる損耗がある物件では費用が大幅に増加します。
- 喫煙物件(1LDK・居住3年): 全室クロス張替え+エアコン洗浄+消臭処理で合計30〜50万円程度。借主負担は入居年数に応じた残存割合分(3年なら50%)
- ペット飼育物件(2LDK・居住2年): クロス・CF全面張替え+消臭処理+フローリング補修で合計40〜70万円程度。ペット対応は特殊工事が多く、協力会社への直接発注が費用圧縮のポイントになります
タバコ損傷の具体的な費用算出は喫煙物件の原状回復費用ガイドで、ペット損傷はペット可物件の原状回復費用ガイドでそれぞれ詳しく解説しています。
「一式見積もり」を避けるべき理由
「原状回復費用一式 30万円」という見積もりを精算書に転用する管理会社をよく見かけますが、これは避けてください。
一式見積もりでは、入居者は「何に対していくら請求されているか」が分かりません。国交省ガイドラインの考え方からも、経年劣化と借主負担の区分が明示されていない精算書は説明責任を果たせていません。工種・数量・単価の内訳がある見積もりを取得し、それをそのまま精算書に転記することで、トラブルを防ぐ精算書になります。
敷金との差引き計算の手順
ステップ1:借主負担額の合計を出す
精算書のすべての損耗箇所について、減価償却を適用した借主負担額を集計します。クリーニング特約がある場合はその費用も加算します。
借主負担額合計 = Σ(各工種の修繕費用 × 残存割合)+ 特約費用
ステップ2:未払い賃料を確認する
退去時点で未払いの賃料がある場合は、借主負担額に加算します。実務上は退去前に確認しておき、精算書の項目に明記します。
精算差引き額 = 借主負担額合計 + 未払い賃料
ステップ3:敷金残額を計算する
敷金返還額 = 預かり敷金 − 精算差引き額
精算差引き額が預かり敷金を上回る場合は、超過分が追加請求額になります。
追加請求額 = 精算差引き額 − 預かり敷金
ステップ4:精算書を借主に送付し合意を得る
精算書は書面(または電子書面)で借主に送付します。送付後7〜14日を目安に回答期限を設け、合意が得られたら敷金を返還(または追加請求)します。
合意が得られない場合は、不服の内容を確認し、根拠を再説明します。それでも解決しない場合は、当事者間での話し合いを続けるか、地方裁判所の民事調停・少額訴訟(60万円以下の請求)を検討します。
敷金返還の法的ルールと具体的な計算方法は敷金はいくら戻る?返還額の計算方法と管理会社の実務ポイントで詳しく解説しています。
入居者への説明でトラブルを防ぐコツ
退去立会い時に費用区分を口頭で合意する
精算書を後日送付してから異議を受けるよりも、退去立会いの場で損耗箇所を一緒に確認し、「ここは経年劣化なので貸主負担」「ここはタバコの汚れなので借主負担になります」と説明することが最も効果的です。
立会い時に合意が得られた内容を記録に残し(チェックシートへの署名が理想)、その内容をそのまま精算書に落とし込む形が最もスムーズです。退去立会いで確認すべき15箇所の具体的なチェックポイントは退去立会いの完全チェックリストを参照してください。
ガイドラインを「共通ルール」として提示する
「管理会社のルールで請求しています」ではなく、「国土交通省の原状回復ガイドラインに基づいて計算しています」と伝えることで、入居者の受け入れ度が大きく変わります。
精算書の冒頭に「本精算書は国土交通省『原状回復をめぐるトラブルとガイドライン』に準拠して作成しています」と一行添えるだけで、説得力が増します。
施工前後の写真を精算書に添付する
損耗箇所の写真(退去立会い時に撮影したもの)を精算書に添付することで、入居者が「その損耗が実在したこと」を視覚で確認できます。「そんな傷はなかった」という言い分を防ぐ最も有効な手段です。
写真は「損耗箇所のアップ」と「部屋全景」の両方があると理想的です。メジャーを添えた写真があれば、施工面積の根拠にもなります。
よくある質問
Q. 退去精算書は必ず書面で渡す必要がありますか?
A. 法律上「書面」の義務はありませんが、後日の紛争防止のために書面(または電子ファイルのメール送付)が強く推奨されます。口頭説明だけでは「言った・言わない」の争いになりやすく、管理会社として説明責任を果たしたことを証明できません。書面には「借主が受け取った日付」が確認できる形(メールの送受信記録・郵便の受取確認)で残しておくのが安全です。
Q. 入居年数が長い(8年以上)場合、借主負担はゼロになりますか?
A. クロス・CFなど耐用年数6年の設備については、8年居住であれば耐用年数超過のため残存価値は1円です。ただし、ゼロではなく「1円」である点に注意が必要です。また、フローリングは建物の耐用年数(木造22年、RC造47年)に準じるため、8年居住でも残存価値は木造で約64%残ります。ハウスクリーニング特約がある場合は、耐用年数とは無関係に特約額の請求が可能です(特約が有効な場合)。設備別の耐用年数の詳細は賃貸設備の耐用年数一覧を参照してください。
Q. 精算書の金額を借主が払わない場合、どうすればよいですか?
A. まずは精算書の根拠(損耗写真・計算根拠・ガイドラインの条文)を添えて再度説明します。それでも合意が得られない場合は、(1) 内容証明郵便による支払い請求、(2) 少額訴訟(60万円以下)、(3) 民事調停の順で検討します。敷金がある場合は、精算差引き後の返還額を振り込むことで「管理会社側は精算を完了した」という事実を作ることも有効です。最終的には法的手続きになりますが、工種別内訳と写真がある精算書であれば、裁判・調停でも根拠を説明しやすくなります。
株式会社LinK / 代表取締役 吉野 博 原状回復・リフォーム・リノベーション 関東一都三県対応(東京・千葉・埼玉・神奈川) HP: https://link-8.jp お問い合わせ: 03-6825-2464
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